2007年08月03日

『志高ければ、禍(わざわい)何を恐れるか』




俺たちの教育論

しかし、プロレスラーになるにはハードな練習が必要なんですね。とはいえ、このまま続けたら死ぬ人もいるかもしれない。「もういい、アニマル浜口が殺したといわれないように、プロレスラーの養成はもうやめよう」と思い、女房にもそういったんです。
 そうしたら女房が一本のビデオを借りてきてくれたんです。吉田松陰先生のお話で、アメリカに密航しようと船に乗り込むときだったでしょうか。さっきの「志高ければ、禍何を恐れるか」という言葉が出てきたんですよ。その言葉を聞いて僕は「よし、続けよう」と決心しました。いまでは、あちこちの団体でプロレスラーとして活躍しているのが何人もいます。やめないでよかったと思っています。

俺たちの教育論』アニマル浜口さん/横峰良郎さん著 致知出版社 121-122P


吉田松陰先生の言葉として紹介されておりましたが、インターネットで検索しても出てきませんでした。
もしかしたら記録に残されたものではなく、伝記的ドラマか何かの演出上の言葉だったのかも知れませんね。

でも、とてもいい言葉だと思いました。

そのまま進むべきかどうか迷ったとき、悩んだときには
その根本の「志」を見つめてめればいいんですね。

達成したい、実現したい理由は何なのか。
自分の欲なのか、他人の為、社会の為なのか。
その志が自分の中で見定められた時、自己を犠牲にしてぶつかっていく勇気がわいてきます。


以下、吉田松陰先生の有名な言葉(和歌)です。
『かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂』
『身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬともとどめおかまし大和魂』(辞世の句)

大和魂(日本人の心、精神性。現代の状況下であえて定義をすれば「反物質主義、克己心、人を重んずる感性」といったことになるでしょうか)は知らず知らず私たちに受け継がれているものだと思います。
たとえ消えかかっているように見えても、心の中でロウソクの小さな炎のようにして残っています。

その火を消さず、次の世代の心にも忘れずに灯していってほしい、バトンをリレーしていってほしいというのが松陰先生の願いかも知れませんね。



unojin at 09:03コメント(0)トラックバック(0)読書雑感  

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